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2009/12/28

旅納め「雪の北海道」(2):稚内駅と宗谷岬

日本最北端の路線(北緯45度25分03分)JR「稚内駅」と日本最北端の地(北緯45度31分)「宗谷岬」を訪れました。
15時40分にノシャップ岬を発ち、稚内駅を経て、18時43分に日本最北端の地「宗谷岬」に着きました。冬の北海道は日没はまさにつるべ落としで、3時間ほどの間に日はとっぷりと暮れてしまいました。

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↑ 日本最北端の路線(北緯45度25分03分)

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↑ 日本最北端のJR「稚内駅」

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↑ 日本最北端の線路の「車止め」ごしに眺めた稚内駅の線路とプラットホーム。 
車止めは雪をかぶってがんばっていました。

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↑ JR「稚内駅」 入り口


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↑ ライトアップされた日本最北端の地(北緯45度31分)の碑 

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↑ 左:「日本最北端の地の碑」  右:間宮林蔵(1780-1844)の銅像

[メモ]:間宮林蔵は、1780年に常陸国筑波郡上平柳村(茨城県つくばみらい市伊奈町)の農民の子として生まれたが、地理や算術の才能に優れていることを幕府に認められて、幕府の役人に採用された。寛政11年(1799)、南千島に派遣されたとき、同地に来ていた伊能忠敬に測量技術を学んだ。文化15年(1808)には、樺太探索を幕府により命じられ、3月の雪氷期に松田伝十郎とともに樺太に渡った。このとき、樺太が島であることを知った。翌年の文化6年7月、今度は単独で再び樺太に渡り、樺太が島であることを確信して帰国した。シーボルトはこの功績を認め、大陸本土と樺太島を隔てる海峡を「間宮海峡」と命名して地図に記載した。


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コメント

いやー、まさに最北端の終着駅って感じですね。
私は、終着駅の線路の
どん詰まりについている車止めが好きです。
ここで終点なんだという思いがこみ上げてきます。
車はどこにでも行けますが、
鉄道は線路がなければどこにも行けませんが、
線路があればどこにでも行けます。
そんな所が鉄道に惹かれる所です。

投稿: どてかぼちゃ | 2009/12/29 05:10

どてかぼちゃ さん、今日は。
飛行機とバスを乗り継いで、稚内駅に着いたのですが、ここで線路が終わりというところを確認しました。
鉄道好きの人でしたら、鉄道を利用して、北の最終駅に到達し、線路の車止めを確認して、乾杯でもあげるのでしょうけれど、やはり、日本最北端の駅までたどりついたのかと思うと感激ですね。
雪をかぶった、線路の車止めの写真も追加しました。

投稿: ぴょんぴょん | 2009/12/29 15:49

わざわざ写真の追加ありがとうございます。
雪が被っているところが、
本当に最北端の終点なんだって感じがよく出ていますね。

投稿: どてかぼちゃ | 2009/12/30 04:49

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