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2009/12/20

四国周遊(12):来島と波止浜(最終回)

四国周遊の旅の最終回は来島(くるしま)波止浜(はとはま)です。来島は四国本土の波止浜湾口に位置する面積0.04平方キロほどの小島です。
来島が名を知られるようになったのは、南北朝の時代に懐良親王を助けて頭角をあらわした村上義弘が、瀬戸内海の因島、弓削島を根拠地とし(因島村上家)、その一族が能島(能島村上家)、四国寄りの来島(来島村上家)をそれぞれ根拠地として瀬戸内の制海権を握ったことによる。

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↑ 四国本土の波止浜湾口に位置する「来島(くるしま)」。 南北朝時代以降、来島村上家の根拠地となる。
島の人口34人、世帯数17(2007年1月31日現在)

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↑ 海上から拝む来島の神社。 

天正10年(1582)来島の村上通康は、中国筋に進出してきた秀吉に仕え、天正13年(1585)の四国征伐に際しては小早川隆景の配下となって、伊予の旧主河野氏を攻め、その功により1万4000石を秀吉より与えられる。
その後は、秀吉に味方して水軍を率い、九州征伐、小田原征伐、文禄・慶長の役に参戦したが、慶長2年(1597)に朝鮮水軍との海戦で戦死した。享年37歳であった。家督は次男が継ぎ、関が原の戦いでは西軍に組したが、のち東軍についたため、領地安堵となり、慶長6年(1601)豊後玖珠郡森に転封された。

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↑ 今治市波止浜に立地した造船工業(今治造船)。背後は、今治ループ橋。
今治造船HPによると、平成9年に1000隻の建造を達成、平成18年に1500隻の建造数を達成したとある。この数値から計算すると、今治造船グループは、ここ10年間に毎月4.6隻の船舶を進水している。

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↑ 造船ドックが並ぶ今治市波止浜は、明治時代は塩田であったが、明治34年に波止浜に本社を置いた今治造船が操業を開始してからは、造船の町として発展した。現在、今治造船グループは新造船竣工数と造船売り上げ高が国内トップであるとのガイドさんの説明に驚きました。ちなみに2008年のトップスリーの売り上げ高は、今治造船3960億円、三井造船3109億円、三菱重工2401億円です。


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↑ 赤色の灯台、緑色の塔台。 いずれの灯台も、周辺は潮の流れが急なので、注意して航行する必要があります。

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↑ 沖合いをフェリーが航行していました。 一見のどかな風景に見えますが、油断は禁物です。 祈 一路平安!

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コメント

こんばんは
四国をゆっくり周遊されてきたのですネ
いいですねぇ
私はまだ行ったことがありません。
讃岐うどんを食べに行きたいなぁ~(^^ゞ
お庭のレストランにもお客様がぞくぞく訪問で楽しくなりますネ♪

投稿: orenge | 2009/12/21 02:53

orenge さん、今日は。
四国の旅、お付き合いくださり、ありがとうございました。
讃岐うどんもおいしいし、景色もいいところがたくさんありますので、お暇ができたら、是非出かけるようお勧めします(o^-^o)。


投稿: ぴょんぴょん | 2009/12/21 15:30

バーチャルではありますが、
四国の旅を満喫することができましたし、
いろいろと勉強になりました。
四国周遊記の連載ありがとうございました。

投稿: どてかぼちゃ | 2009/12/22 06:18

四国の旅 いろいろな場所を見せていただき楽しみました。
また勉強にもになりました。
ありがとうございました。

投稿: zucca | 2009/12/24 09:16

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