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2010/03/19

カンタベリー博物館

  カンタベリー博物館は、市の中心地クライストチャーチ大聖堂から北西の方向に歩いて10分くらいのところにあります。入館料は無料ですが善意の寄付(一人NZ$5)は大歓迎です。ニュージーランドに生存していたが、今は絶滅してしまった生物、島を構成している岩石、島の先住民マオリの歴史と文化の発展を示す生活用具や工芸品、ヨーロッパからの入植者達が使用した開拓時代の様々な民俗資料や南極探検資料などが展示されていました。

館の入り口近くに、15世紀には、すでに絶滅してしまったという、巨大なダチョウに似た飛べない鳥、「モア」の、復元剥製模型と骨格標本が展示されていました。

Ta100309115703015nzcanterburymuse_2  ↑ 絶滅してしまった巨大な飛べない鳥「モア」。 モア:ダチョウ目モア科の走鳥類。

Ta100309115703016nzcanterburymuseum ↑ 「モア」の骨格標本。 左の全身骨格は幼鳥。 真ん中の足の骨格は、成鳥の足の骨。 右は、卵。

Ta100309120503007nzcanterburymuseum ↑ 刺青をしたマオリ人。現在では、このような刺青をしたマオリ人は見当たりません。マオリ族の祖先は、伝説によると、「ハワイキ」という島に住んでいて、その島から「ワカ」というカヌーに乗って、ニュージーランドに渡来し、住みついたと信じられています。しかし、その「ハワイキ」という島は、現在でも特定されていません。渡来した時代は、今から約1500年前頃であろうと推定されています。日本人も、かつては顔に刺青をしたらしいことが、「魏志倭人伝」に記されている。

ニュージーランドのマオリ族の人口:約50万人(このうち、約90%が北島に住んでいる。NZ全人口[約400万人]に対するマオリ族の比率は、約15%)

Ta100309115803014nzcanterburymuseum ↑ マオリの人々は、漁業・狩猟にたけていたことが、漁具や猟具の遺品からうかがわれる。動物や魚類の骨で、釣り針を作り、亜麻(ハラケケ)で漁網を作った。浮(あるいは浮網)を固定する石のアンカーも見られる。

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↑ マオリの人々が使っていた、石器(武器など)と木製品。

マオリの人々は、ヨーロッパ人が渡来する17世紀中頃までは、製鉄の方法を知らず、石器を使用して生活をしていた。また、文字を持たなかったため、書物による文化の継承ができなかった。NZを初めて訪れたヨーロッパ人は、オランダ人のエイベル・タスマンで1642年12月のことであった。そして、航海図に、この島を「Staaten Land」と記入したが、彼は、この島をチリの南に位置すると誤認した。後の調査で、この島の位置が訂正され、島名も「Nova Zeelandia」と改められた。

タスマンの発見後、約1世紀を経た1769年に、イギリスのジェームス・クックを船長とする太平洋航海探検船がNZの北島と南島に到達して測量し、詳細な地図を作製した。以後、イギリス人の渡来・入殖が急増し、島名も英語読みのニュージーランド(New Zealand)が定着し、やがて、この呼び名が国名となった。

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↑ マオリの「お守り」:胸飾り「ヘイ・ティキ」

ヘイ・ティキ:翡翠(=軟玉、ネフライト)を、石器を使って加工した胸飾りで、その人形の容姿は大きな頭に大きな目と口を持ち、脚を内側に曲げモチーフで彫刻されているのが共通した特徴。子宮内の胎児をかたどったものであるとの説もあり、子孫繁栄・破邪・幸運招来のシンボルとして、胸に飾られた。

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↑ ヨーロッパ人の入植時代のコーナー。 左:馬具を造った馬車屋さん。右:当時、あこがれの的であった銀器のコレクションルーム。

入植時代の様々なお店や、民家を復元して、それぞれ使われた道具や日用品などの民俗資料が展示されていました。

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↑ 南極く探検コーナー。NZは南極に近いので、南極には強い関心を持っています。

1912年、クライストチャーチの外港リトルトンを出港した英国のスコット隊は、僅かの差で、ノールウエーのアムンゼン隊に南極点初到達の栄誉を譲ってしまった。失意のスコット隊は、帰路の途中、未曾有の猛吹雪に会い隊長以下5名全員が遭難し、帰らぬ身となった。

悲運の遭難死を遂げたキャプテン・スコットが率いた南極探検隊の遺品や最近の南極科学観測に使われた観測機器や雪上車などが展示されていました。

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