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2015年12月の記事

2015/12/29

玉レタス:ようやく収穫の時期を迎えました

玉レタスが結球し始め、よやく収穫できるようになりました。しかし、結球しないのもいくらかできました。やはり、すべてが結球するという訳にはいかないようです。

玉レタスの栽培はリーフレタスの栽培にくらべて難易度が高いということを聞いていたので今まで敬遠していましたが、美味しいサラダの魅力に惹かれて、今回、秋に種を蒔いて、冬に収穫をする秋蒔き栽培法による玉レタスづくりにチャレンジしました。

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↑  玉レタス(グレートレーク)が結球し始めて、そろそろ収穫の時期となりました(2015/12/28)。

9月19日: 播種   10月15日: 定植    通常は定植後50~60日が収穫適期だそうです。

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↑ 12月28日現在で、定植後60日ほど経ちました。日数的にはもう収穫してもよいという時期になりました。

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↑ マニュアルでは、「完全に結球してしまうと苦みが出てしまうので、8割程度結球した頃に収穫するのが最適」とあるので、このくらい↑で収穫して、お正月には食膳に出せそうです。

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↑ でも、上の画像のように、結球しない株もあります。目測で、ざっと1~2割程度が、まだ結球していません。結球しない玉レタスの取り扱いをどうするか。虞や虞や汝を如何にせんです。

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2015/12/28

ソラマメとエンドウ

このところ、当地は連日のように霜が降りています。菜園の冬野菜、寒さに弱いソラマメエンドウ、どうなっているかと見に行ったら、この寒さにめげず頑張っているようで、一安心しました。

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↑ 今年10月4日に播種した「岡の畑」のソラマメは、風当たりが強いところなので、本菜園初めての試みとして、播種後、畝にU字支柱を立てて防虫ネットを張り、防霜・防寒対策としました。

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↑ 今まで数回霜のおりる日がありましたが、今のところは被害を受けていません。これが収穫の増大に結び付けばよいのですが、まだ予断を許しません。

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↑  裏庭に播種したエンドウも大きくなりました。

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↑ この畑は、3方が家屋に囲まれていて風当たりがあまり強くないところなので、取り立てて防霜・防寒対策をしていませんが、まずは元気で成長しています。

 

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2015/12/27

ヤブランの実が黒く色づきました

9月に花をさかせた庭のヤブラン が実を結び黑紫色に色づきましたが、日に日に実の数が少なくなってゆきます。

不思議だな~思って、はたと思い出しました。野鳥がこっそり食べに来ているのでした。

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↑ ヤブランの実が黒く色づきました(2015/12/21)。

ヤブラン:キジカクシ科(APGⅢ植物分類体系第Ⅲ版)スズラン亜科ヤブラン属

旧分類ではユリ科に含められていたが、最近ではキジカクシ科に分類されている(ウイキぺlデイアによる)。 常緑多年草 原産地:日本を含む東アジア。

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↑ 一番下のまるく熟した実は”果実”かと思ったのですが厳密にいうと”種子”だそうです。

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↑ ヤブランの花は子房が3室に分かれています。やがて種子を包んでいる子房が脱落して種子がむき出しになります。

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↑ 実付きが悪いと思ったらどうやら野鳥がせっせと食べにきているようです。

ヤブランの花は、子房上位で3室あり、それぞれ2個の胚珠があるそうです。したがって花が完全に受粉に成功して結実すれは種子は6個できるはずですが、実際にか1~4個くらいしか観察されません。また子房は早い段階で落脱してしまうので、果実のように見えても実際は裸の種子を観察することになります。

 

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2015/12/26

ビワ(枇杷)の花

ビワが花を咲かせてから大分たちましたが、まだ咲いています。ビワは、花付きが良く、1花房に10~20個、一枝に約100個くらいの蕾をつけます。

わか家で栽培しているビワ(茂木)の木は10枝以上あるが、10枝として計算すると100個x10枝=1000個(以上)の蕾が付くことになります。これが、全部結実して”実”になったら、小さな実になってしまうので、通常は、その成長の過程で「摘蕾」、「摘房」、「摘果」という操作を行います。

暖地で栽培しているビワは、「摘蕾」、「摘房」が一般的に行われているようですが、当地はビワの栽培北限地なので、越冬するとき「凍害」や「寒冷害」などの自然淘汰作用を受ける確率が大きい。

2013年は、「摘蕾」したのですが 、その効果が思わしくなかったので、今年は摘蕾をしないで越冬させ、凍害の心配がなくなる3月下旬~4月上旬に行う「摘果」・「袋かけ」の時に個数調整をすることにしました。

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↑ 今年もビワに沢山の花が付きました(2015/12/26)。

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↑ 今年は「摘蕾」も「摘房」もしません。

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↑ 当地はビワ栽培の北限地域に位置しているので、冬の寒さが厳しいです。このためかなりの幼果が「凍寒害」を受けて自然淘汰され、「摘蕾」「摘房」と同じような効果をもたらします。

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↑ 通常の草木は春から夏にかけて花を咲かせる春・夏咲コースが多くいが、ビワの木は晩秋から冬にかけて花を咲かせて結実する秋・冬咲コースをとっています。ちょっと変わっていますね。 

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↑ 花は厚い外套のように毛のはえた顎に包まれ、葯にも毛が生えています。耐寒対策はおこたりないのですね。

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↑ 寒い冬をしのいで、うまく越冬できれば、この時期は害虫も少ないので、種子が食害を受けるリスクも少なくなるので、生存率は向上する。

ビワは、子孫繁栄がより有利に願えるということで、この秋・冬咲きコースを選んだのでしょうか?

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↑ 暖かい日はミツバチも来て蜜を集めにきています。

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↑ ミツバチは蜜を集めて食糧を確保し、ビワは受粉の助けをうけて子孫繁栄を図る。うるわしき共存共栄の関係が成り立っているようです。

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2015/12/25

ヒマラヤユキノシタが開花しました。

今年は晩秋から初冬にかけ気温が高かったので、大根やカブなどの野菜の成長が例年に比べて良く育ったが、庭の草花にもこの暖かさが影響を与えたのでしょうか、例年は3月頃に花を咲かせている我が家の庭に植え付けたヒマラヤユキノシタが、1株だけですがぽっかり咲きだしました。

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↑ ヒマラヤユキノシタが咲きだしました。今冬は早い開花です(2015/12/24)

ヒマラヤユキノシタは欧米ではベルゲニア(Bergenia)の名で知られている。

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↑  我が家では、例年は3月中~下旬に開花しているのですが、今年は暮のうちに咲きだしました。

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↑ ヒマラヤユキノシタ: ユキノシタ科ヒマラヤユキノシタ属 常緑多年草。

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↑ 原産地はヒマラヤ山脈周辺地域。明治初期に渡来した帰化植物で、半日蔭でも頑強に生育し、寒さにも強い。

 参考:我が家の庭の「ヒマラヤユキノシタ」の「つぼみ」と「開花」の記録

2008年1月24日(つぼみ)    2008年3月17日(開花)

2010年2月17日(つぼみ)     2010年3月30日(開花)

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2015/12/24

冬来たりなば春遠からじ:ジンチョウゲの蕾も膨らみ始めました

早春(2月末~3月)に甘い芳香を漂わせて開花するジンチョウゲも蕾を膨らませはじまめした。寒い冬を頑張って、咲いてくれると思います。

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↑  ジンチョウゲ(赤花)の蕾が膨らみ始めました(2015/12/24)。

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↑ ジンチョウゲ:ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属 常緑低木 原産地:中国南部

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↑ 雌雄異株であるが、日本ではほとんどが雄株で、通常は挿木で増やす。

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↑ 今年も蕾が沢山つきました。

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↑ 揃って花を咲かせるために、毎年、開花後なるべく早い時期に剪定をしています。

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↑ シロバナジンチョウゲも蕾が膨らみ始めました(2015/12/24)。

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↑ シロバナジンチョウゲ(白花沈丁花)は、花弁(本当は顎片です)の外側と内側が白色です。

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↑ ジンチョウゲの学名Daphneは、ギリシャ神話の女神ダフネに由来しています。

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↑ シロバナジンチョウゲも蕾が沢山つきました。

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↑ 白花沈丁花は赤紫花の一般的な沈丁花よりもやや遅れて開花します。

 沈丁花の花言葉:「優しい」、「不滅」「不死」「栄光」。

 

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2015/12/23

冬来たりなば春遠からじ:マンサクの蕾が膨らみ始めました

今年の冬は気象庁の発表(11/25)によると、関東以西では暖冬になる見込み(寒気になる確率は20%)であるという。とは言うものの、本格的な冬の到来はこれからです。今よりも寒さは厳しくなってゆくでしょう。

その、寒さに向かって庭のマンサクが、やがて訪れるであろう春に花を咲かせるために、蕾を少しずつ膨らませているのです。春の到来は未だずっと先ですが、その春の開花のためにものも言わずに頑張っているマンサクの姿に接し、人間も少しばかりの寒さにはめげることなく頑張らなければと背中を押される思いがしました。

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↑ 我が家には2種類のマンサクが花を咲かせています。一つは花が黄色いが、花期まで枯れ葉が枝について落ちないシナマンサク系の品種(右)と、葉が早々と落ちてしまうアカバナマンサク(左)です。

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↑ シナマンサク(Hamamelis molis)の花蕾。

日本固有種のマンサク(Hamamelis japonica)と同じく黄色い花を咲かせますが、シナマンサクは中国原産で、枯葉は花期まで残るが、花はマンサクより早く開花するのが特徴

花屋さんやHCなどで売られている「シナマンサク」は、単に「マンサク」として売られているものも多くみられます。

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↑ アカバナマンサク(Hamamelis  j. f. incarrata)。 枯葉がほとんど落ちています。

赤い花を咲かせるマンサクで、分類上はマルバマンサク( Hamamelis  j. subsp. obtusata )の品種の一つとされています。

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↑ アカバナマンサクの花蕾。ちらっと赤い花びらの一部が覗いています。

   通常は、アカバナマンサクはシナマンサクよりも開花が遅い

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↑ 去年の果実の殻がまだ残っているのを見つけました。

果実はさく果で、熟すと二つの裂けて、中から黒い光沢のある種子2個をはじき飛ばします。

 

 

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2015/12/22

シャコバサボテン、万両、千両、ヤブコウジ

今日は冬至。クリスマスの日も、もうすぐです。シャコバサボテンが忘れずに咲きだしました。

シャコバサボテンは、少し手入れを怠ったためでしょうか、花の付きが一様ではありません。でも、今年も忘れずに元気に咲いてくれて嬉しい。

クリスマスが過ぎるとお正月です。庭の千両、万両、拾両(ヤブコウジ)の実が赤く色づいたので、お正月には飾ることができるでしょう。万両は、我が家では白実の万両もあるので、紅白の万両を飾ることができます。

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↑ シャコバサボテン: サボテン科 多年草 (2015/12/22 撮影)

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↑  南米原産のサボテンで、花期が12月~1月で、クリスマスの頃に花が咲きだすので英語名ではクリスマスカクタスと呼ばれたりしている。

和名のシャコバサボテンは、茎節の縁に鋭い角状の突起があり、これが何個か連なって丁度蝦蛄の脚のように見えることから、シャコバサボテンと名付けられたという。

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↑ 万両: ヤブコウジ科 常緑低木 実は葉の下に付きます(2015/12/22 撮影)。

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↑ 今年は沢山実が付きましたo(*^▽^*)o。

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↑ 白実の万両です(2015/12/22 撮影)。

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↑ 白実の万両も今年は実が沢山付きました。

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↑ 千両: センリョウ科 常緑低木  千両は葉の上に実を付けます(2015/12/22 撮影)。

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↑ 今年は、花はさいたが、実付きは良くなかった。

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↑ ヤブコウジ: ヤブコウジ科 常緑低木(2015/12/22 撮影)。

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↑  ヤブコウジ(藪柑子)も実はあまり多くは尽きません。樹高はせいぜい10~20cmくらいでかわいいです。 

 

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2015/12/21

日本水仙、チロリアンランプ、小紫

今年もあと10日ばかりで終わり、いよいよ残り少なくなりました。今日は少し暖かかったのでしばらくご無沙汰していた庭仕事にとりかかりました。夏の間、庭に出しておいた寒さに弱い鉢物などを屋内に入れたり、庭の草刈りや庭木の刈込などをして庭片付けをしました。

庭の草花も秋の草花から冬の草花へと遷りつつあります。今年は晩秋から初冬にかけて暖かい日が続いたせいか、万作の枯れ葉がまだ枝から落ちず、かなり残っています。そして、日本水仙ほこのところの陽気続きで、早くも花を咲かせ始め、春咲のクリスマスローズが花芽を出しはじめました。

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↑ ニホンヅイセンが早々と咲きだしました。

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↑ ようやく雪が降りだし、スキー場はほっとしたようですが。今年は暖冬となるでしょうか。

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↑ 当地はまだ雪は降りませんが、一昨日は霜が降りました。

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↑ 庭植えのチロリアンランプ:未だ咲いているが、寒さに弱いので、そろそろお仕舞です。

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↑  コムラサキの実はまだ残っています。

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↑ しかし、この実もやかて野鳥たちに食べられてしまうでしょう。

 

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2015/12/20

唐津城(2)

唐津城は、慶長7年(1602)に寺沢広高が関ケ原の戦いで東軍に味方したことで徳川家康から12萬3千石を与えられ、その居城として唐津湾に突き出た満島山頂に本格的な城造りを開始し、慶長13年(1608)に完成させたといわれています。

城は連郭式の平山城で、本丸、二の丸、三の丸より成っていますが、最近の城壁修復工事で、旧石垣と金の瓦が発見され、話題を呼んでいます(詳しくは本文末の「続き」をクリックしてください)。

天守閣の最上段の展望室からは、南は唐津の市街地から北の唐津湾、そしてはるかに玄界灘を眺望でき、西と東はれぞれ虹の松原と呼ばれる砂浜の松原が、これ又はるか彼方まで続くのが俯瞰され、その見事な景観に感嘆しました。 

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↑  天守最上階からの展望 

東 : 右に見える橋は舞鶴橋。東唐津の街並みの遠方は虹の松原。  遠方の山頂の平坦な山は鏡山です。

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↑ 南 : 松浦川が右から左の方向に流れて唐津湾に注ぎます。松浦川の河口部が唐津の市街地となっています。

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↑ 市内に掲げられていた鳥瞰図と対比してみるとわかりやすいかもしれません。

左:砂嘴の松林は東の虹の松原 中:手前が唐津城、松浦川を隔てた奥が市街地  右:唐津城につながる砂浜にも虹の松林と呼ばれている松林があります。東と西の虹の松原を鶴の羽根にみたてて、唐津城を「舞鶴城」と呼ぶことがあります。

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↑ 西 : 手前のグランドと建物は早稲田佐賀中学校・高等学校で旧二の丸の敷地にたてられたものです。右は唐津湾です。

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↑  北 : はるか玄海灘が望まれます。右手の山頂が平坦な島は高島です。

この島の神社にお参りすると宝くじが当たるといわれています。

                     唐津城ができたのはいつ? (城内掲示板より)

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2015/12/17

唐津城(1)

唐津市の曳山展示場で「曳山」を見学した後、「石垣の散歩道」に出て東進し、唐津城(別名鶴舞城)に向かいました。

唐津城は現在耐震化のための補修工事が行われており、城内の資料展示室は閉鎖中で見学できませんでした。しかし、天守閣の最上段の展望室には登ることができ、しかも無料と言うことで、訪れたことはむsろラッキーだったといえるかも知れません。展望台からは、晩秋の唐津の市街地や唐津湾・玄界灘の眺望を満喫することができました。

城の中に入ると城はコンクリート造りであることに気がつきました。あとで調べると、江戸幕府の記録ではこの城は天守台まではあったが天守の存在する絵図や設計図などの資料は確認されておらず、昭和41年に造られた唐津城の現在の天守は慶長期の様式で建設されていたと想定して造られたものだそうです(フリー百科事典「ウイキペディア」による)が、城郭一帯は重厚な雰囲気が漂っており、往古の夢を楽しむことが出来ました。

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↑ 城内橋袂から眺めた唐津城「天守閣」(2015/11/24)。

慶長期の様式を模して造られた五層五階、地下一階の鉄筋コンクリート製模擬天守ですが堂々として良い雰囲気を醸しだしています。

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↑ 城内橋:城の南側に架かっている歩道橋です。

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↑ 城内橋を渡ると間もなく城の入口に着きます。舞鶴公園案内図があるので、初めて訪問した人でも城の全貌を把握することができます(クリックすると画像を拡大することができます)。

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↑  入口に多宝塔がありました。ここから、階段の坂道(腰曲輪)になります。

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↑ 城を登る階段の周囲(腰曲輪)は紅葉が綺麗でした。

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↑  南側から眺めた唐津城・天守閣。

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↑ 東側(ニの曲輪・中段広場)から眺めた唐津城・天守閣。石垣の一部を補修工事していました。

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↑ 北側から眺めた唐津城。手摺を赤く塗った展望台まで登れます。

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↑ 西側(石垣の散歩道)から眺めた唐津城・天守閣(右)と化粧櫓(左)。

西側の城の麓からはエレベータ(60歳以上の老人は無料)で登れます。

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↑ 上段広場(本丸)から眺めた天守閣(左)と化粧櫓(右)。

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↑ 上段広場(本丸広場)化粧櫓の脇から眺めた唐津市街地・早稲田佐賀中学・高校(旧二ノ丸)方面(1)

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↑ 化粧櫓の脇から眺めた唐津市街地・西の浜海水浴場方面(2)

以下、次回に続きます。

 

 

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2015/12/14

唐津くんち

九州は何度か訪れて主なところは観光しましたが、まだまだ、未知のところや見所が沢山あることに気がつきました。

玄界灘に面した古い歴史の町・唐津は、今までアクセスがあまり良くないので敬遠していましたが、今回の九州の旅で1日余裕ができたので、老夫婦2人で訪れてみました。唐津は思いのほか、清潔な町で、その地に伝わる伝統文化に触れ、自然と海の幸の味覚を楽しんできました。

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↑ JR佐賀駅発「西唐津」行きに乗って「唐津」駅で下車します。

11/24 唐津の観光は、佐賀市から日帰りで行って来ました。佐賀駅から唐津駅までの乗車時間は約1時間。電車の発車本数は1時間に1本。運賃は支払いは、関東一円で通ずるパスモは利用できません。

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↑ 唐津駅前広場:広場は思ったよりゴミが少なく綺麗でした。

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↑ 唐津くんちの碑:駅前広場で迎えてくれました。

唐津くんちの曳山(やま)は、唐津神社脇の「曳山展示場」に展示されています(入場料 大人300円)。唐津駅から徒歩15分の距離なので、途中市内を見物しながらのんびり歩いて行けます。

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↑ 唐津神社に着きました。祭神は住吉三神で、海の神、航海の神、和歌の神として知られています。

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↑ 唐津神社の秋祭りの行事は10月9日の「初くんち」で 秋祭りの始まりを宣言し、10月29日に「神輿飾りと唐津神祭本殿祭」を行います。

本祭りのあと、11月2日に「宵やま」、3日に「お旅所神幸」、4日に「町廻り」が行われ、この3ガ日に各町から奉納された14台の「曳山」が市内を巡行し市民総出のお祭りとなります。

そして11月5日に「神輿受取渡の儀」が行われてお仕舞となります。

            「曳山展示場」に展示された「やま」 

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↑ 左: 1番 刀町 赤獅子      右: 2番 中町 青獅子

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↑ 左: 2番 中町 青獅子    右:  3番 材木町 浦島

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↑ 左: 5番 魚屋町 鯛    右: 6番 大石町 鳳凰丸

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↑  左: 6番 大石町 鳳凰丸   右: 7番  新町 飛龍

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↑  左: 8番 本町 金獅子  右: 9番 木綿町 武田信玄兜

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↑ 10番 平野町 上杉謙信兜

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↑  11番 米屋町 酒呑童子と頼光兜

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↑ 12番 京町 玉取獅子

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↑ 13番 水主町 鯱

14番(江川町)の「七宝丸」は30年振りの解体修理で修理庫入りとのことでした。また、4番(呉服町)の義経兜も修理中のようで、見当たりませんでした。

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2015/12/12

今年もキムチを漬け込みました(2):本漬け

12月9日(晴):キムチ用白菜を3個収穫し、水洗いをして1昼夜「天日干し」しました。 

12月10日(晴のち曇):「下漬け」用の塩の量は、「天日干し」した白菜3個の総重量(12.34kg)の7%(864g)で「下漬け」しました。[ここまでは前回(1)に記載]。

12月11日(雨のち晴):「本漬け」 朝は雨、午後は雨が止み気温が上がって夏のようなお天気となったが、強風が吹き荒れて変なお天気となりました。でも、本漬けの作業は屋内なので、お天気には左右されませんでした。

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↑ ①丸一日「下漬け」した白菜を12月11日に漬け樽より取り出し、塩抜きのための水洗いをしました。

 ②用意した材料でヤンニョムをつくり、塩抜きした白菜に手作業で丁寧に塗り込んでキムチ漬けの仕込みを完了しました。

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↑ ヤンニョムのつくり方は↓の本文続き」をクリックすれば見られます。

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↑ 下漬けをした白菜を一枚一枚めくりながらヤンニョムを塗り込む作業は根気がいりますが、白菜は3個程度なので、慣れればそれほど苦にはなりません。

          キムチのヤンニョムつくり(続く↓)

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2015/12/11

今年もキムチを漬け込みました(1):収穫と下漬け(仮漬け)

師走です。漬け物つくりのシーズンとなりました。我が家でも漬け物つくりが急ピッチで進んでいます。12月4日に白菜の本漬けをすませ、8日は大根の沢庵漬けを仕込みました。続いて、今年も自前のキムチをつくることを目論み、9日に白菜(新理想)3個を収穫し、10日に下漬けをし、本日(11日)、ヤンニョムをつくってキムチの漬け込みを無事済ませました。今日は、下漬けまでUPします。

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↑ 12月9日 菜園「丘の畑」に行き、キムチ用の白菜(新理想)を3個収穫しました。

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↑  白菜は水洗いして 、包丁でそれぞれ4当分に分割して一昼夜天日干ししました。

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↑ 12月10日 天日干しした白菜を計量しました。3株合計した重量は12.34kgありました。 

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↑ 下漬けの塩は900g(天日干し白菜重量の7%)を使用しました。

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↑ 白菜は30リットのポリ製の樽に漬け込みました。丁度5個入りました。

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↑ 押し蓋を置き、重石を載せます。

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↑ 重石は、白菜の重量の2~3倍になるように、この上に積み重ねます。

一昼夜、下漬けした後、白菜をとり出して水洗いをします。白菜はちょっと食べてみて、わづかに塩気が感ずる程度になったら、キムチ漬けにします。

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2015/12/10

大根の「沢庵漬け」も仕込みました(2015/12/08)

今年のダイコンの生育は太り過ぎが多くできて、ちょっと異変が生じました。と言うのは、11月の記録的な暖かさと、平年を大幅に上回る降雨量で、ダイコンがすくすく育ったというよりは育ち過ぎになりました。

この大根の育ち過ぎは我が家だけではなく、全国的に発生したようで、生産農家では大きく育ちすぎた大根は市場の流通に適さないということで出荷を制限し、自主廃棄するところも出ているとのニュースが流れています。

我が家では、11月13日に「沢庵漬け」用に掘り上げて、天日干したダイコンが太すぎて干し上がりが順調に進まず、その間に雨に祟られたりして、黒カビが生えてしまいました。美味しい沢庵をつくりたいという思いから、この干し大根は涙をのんで破棄しました。

幸い、今年はダイコンが沢山できたので、11月27日に、今度は細めに育った大根22本を「沢庵漬け」用に選んで掘り上げ、天日干しにしました。

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↑ 12月27日に干した大根が程良く干し上がりました(2015/12/08)。

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↑  晴天が続き、10日ほど干して、u字型に曲がる程よい撓りに干し上がったので12月8日、「沢庵漬け」の仕込みをしました。

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↑  干し上がった大根は全部で22本。計量したら9.5kgありました。 

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↑ たくあんの漬け物に使う材料(A) : 

塩の量(干し大根の重量の4%)     380g 

「いり糠」(干し大根重量の10%)     1kg

三温糖(同約2%)             200g 

赤唐辛子                   2本

漬け物(30リットル)用ポリ袋       1枚

を用意しました。

先ず、樽に22本の干し大根がきっちり入るか確かめます。入らなければ丁度入る本数にして、その本数に合う材料(A)の量を調節します。

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↑ 漬け物樽は30リットル ポリ製容器で、干し大根はあとで取り出し易いようにポリ袋の中に入れて漬けます。先ずポリ袋の底に塩を混ぜた糠を振り、その上に干し大根をなるべく隙間があかないように並べます。

30リットルの樽だと4段くらいに並べられるので、材料A(炒り糠、塩、砂糖、赤唐辛子)を目分量で5等分に分けます。

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↑ 材料Aは底面には少なめに、最上段はやや多めに残しておいて、1段、2段、3段、4段と各段それぞれに大根を敷き並べたあと、炒り糠、塩、砂糖、赤唐辛子を順次振って行きます。

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↑ 最後に、ダイコンの干した葉を上にかぶせて、ポリ袋の口を紐で結んで締めます。

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↑ 押さえ蓋を載せます。

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↑ 重石は干し大根の重さの約2倍(20kg)を目安に置く。水が上がったら半分くらいに減らします。

水が上がったあと、2~3週間程度で食べられるようになるでしょう。今年も年末~お正月には、美味しいたくあんが食べられそうです(o^-^o)。

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2015/12/08

白菜の本漬け(2015/12/04)

12月2日に下漬けした白菜の水が上がったので4日に容器の水を捨てて、漬け直しました。「本漬け」です。

本漬けの時の塩の量は昨年は1%でしたが、今年は少し塩分の量を減らし、0.5%にしました。その代わり、なるべく早く食べきるようにしました。

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↑ 「白菜本漬け」完了(2015/12/04)。

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↑ 本年の白菜漬けの材料

  A : 下漬けをし、水をよく絞った白菜5株の重量   14.6kg

  B : 本漬け用塩(Aの0.5%)                73g

  切りだし昆布(ハガキ大)    5枚   

  唐辛子               10本

  生姜                 5片

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↑  下漬けの終わった白菜:漬け物容器の水を捨てて、容器をよく洗う。

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 ↑ 白菜はよく絞って水気を取る。 水をよく絞った白菜5株の重量は14.6kgありました。

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↑ 昆布と生姜は千切り、唐辛子は小口切り(輪切り)にする。

 

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↑ 漬け物容器は30リットルのポリ容器を使いました。漬け物容器に白菜を一段戻す。

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↑ 計量した塩1/3程度を振り、同様にして、昆布、唐辛子、生姜を振る。

これを2段、3段と続ける。

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↑ 漬け終わったら、押し蓋をして重石を載せる。

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↑ 重石は白菜の2倍程度の重さ(ここでは約30kg)にします。

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↑ 水が上がってきたら、重しを軽くします。3日くらいで漬けあがるので、取り出して食べることができます(o^-^o)。

 

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2015/12/07

白菜の下漬け(2015/12/01~03)

今年も本格的な白菜漬けを味わいたいと思い、菜園「丘の畑で」で育てた白菜「新理想」5株を収穫して、まずは「下漬け」をしました。

漬け方は、例年とほぼ同じなので、新鮮味はありませんが一つの記録として記載させていただきます。今年の白菜は、生育初期は例年よりも気温が高く、若干病気が出たものもありました。しかし、後半は、気温が下がって実が引き締まり、病気も収まったので、被害は少なくて済み、ほぼ平年並みの収穫ができました。

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↑ 12月1日 白菜「新理想」5株を収穫(2015/12/01)。

① 白菜の外側の汚れた葉を取り除き、丸洗いして水を切る。

② 白菜を根の方に十字に包丁で切り目を入れ、手で四等分に引き裂いた後、一昼夜干す。

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↑ 12月2日 一昼夜干したあと、漬ける塩の量を決めました。

下漬けに必要な塩の量は「干した白菜」の重さの3%としました。

計量結果は5株で22.26kgあったので、用意する塩の量は668gとなりました。 

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↑ 12月2日 白菜5株を2個の容器に漬け込んで、それぞれ白菜の重さの2倍の重石を載せました(以下、詳細は、’続き’をご参照ください)。

                  2015年白菜漬けの記録(1):「下漬け」

 

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2015/12/06

カササギ

カササギに会いました。カササギは、日本では限られた一部の地域に偏在して生息・繁殖しているので関東で姿を見るということは、現在では殆ど絶望的です。そのカササギに、孫の七五三のお宮参りに訪れた佐賀市内で会うことができました。

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↑ カササギ(2015/11/25 佐賀市)

   カササギ:カラス科カササギ属  別名:勝ちガラス 「カシャ カシャ」と鳴く声を「勝ち 勝ち」と聞きなして、「勝ちガラス」となったという。

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↑ 当地のカササギは1923年(大正12年)に生息地を定めて指定された国の天然記念物に指定されています。

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↑ 都市的な環境にも慣れたみたいで、道路のミラーに止まったりしていました。

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↑ カササギは最近、生息域を広げて、長崎県、鹿児島県、山口県、秋田県、北海道(室蘭市、苫小牧市)などで生息しているのが確認されています。

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↑  住宅地域の電柱にもよく来ます。 最近は電柱への営巣が漏電事故の原因となったりして問題となっているところもあります。

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2015/12/05

ホシムクドリ

11/23 佐賀城址の散歩道で、ホシムクドリに出会いました。 初見・初撮りです。

お堀り沿いの朝の散歩で、何気なく、こんもりと繁ったクスの老大木を見上げたら、その天頂に伸びた枯れ枝に、ちょっと見かけない鳥が止まっていました。

葉蔭からはムクドリの声が聞こえてきたので普通のムクドリかと思っていたら、どうも違うようです。ちょっと遠かったのですが、瞬間、カンピーターが働いてダメ元という思いでシャッターを押しました。

撮影後、レビユーしたら、関東ではあまり見かけない旅鳥のホシムクドリではありませんか☆!思わぬプレゼントに思わずにっこり(*^-^)してしまいました。

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↑  ホシムクドリ:ムクドリ科ホシムクドリ属 (2015/11/23 佐賀市)。

   群れで来ていて、お堀端の楠の実を食べていました。

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↑ ホシムクドリは数少ない冬鳥で主に西日本に多く、島根県、鹿児島県では少数が越冬する地域があるそうです(「日本の野鳥650」平凡社による)。 

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↑ 11月25日の夕方、もう一度 佐賀城址の散歩道を散策しました。

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↑ 少し薄暗くなって、安全と思ったのでしょうか。群れで出てきてクスの枯れ枝に止まりました。

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↑ 黄昏時で空は少し薄暗くなっており画像の写りはよくありませんが、全身黒色の体に白い小さな斑紋が星のようにちりばめられており、すぐホシムクドリとわかりました。

 

 

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2015/12/03

「柳川」秋の川下り32景(後篇16景)

「柳川」秋の「川下り(堀割くだり)」32景の後編です。川下りの丁度なかばほどまで進みました。

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↑ 船頭さん:長い竿を挿して堀割をつき進む船頭さん、今日は風が無くて漕ぎやすいと大喜びでした。そして、元気な声で北原白秋の童謡歌を披露してくれました。孫たちも大喜びです。   

Ta1282015a_1123_113208rimg0222tan_2← 左:田中吉政公の銅像:徳川家康の家臣で岡崎城主であった田中吉政は関ヶ原の戦いで石田三成をとらえた功により、32万石を与えられて柳河城主となり、城郭や堀割の整備をし、干拓・開田を進めて柳川発展の基礎を築いた。

 しかし、田中家は2代目忠政が病死し、世継ぎがなかったため2代で領地没収となった。

代わった立花宗茂は、当初、関ヶ原の戦いでは西軍についたため奥州棚倉1万石の城主に左遷されていたが、大阪夏の陣では徳川方についたため、その功により1629年に11万石(後に12万石余に加増される)を与えられて柳河城主となった。

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↑ 中:弥兵衛門橋 慶長10年建造の橋で城郭の中では最も古い建造物と言われています。 

右:蜘蛛手棚:魚類を捕獲する漁具。水中に蜘蛛の網のようにネットを張り、そのネットの上に魚などが入り込んだら櫓の上からすくい上げて獲物を捕獲する柳川の伝統的漁法の一つ。

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↑ 左:海老名弾正先生碑:柳川出身で、同志社第8代総長になられたかたの碑です。 右:十時氏邸:柳川に残されている数少ない武家屋敷の一つです。近くには、北原白秋の「まちぼうけ」の碑もあります。

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↑ 左:壇一雄文学顕彰碑:柳川市沖端出身で昭和26年に直木賞を受賞しました。 右:安藤橋をくぐる「どんこ舟」:安藤橋は「白秋道路」の起結点になっています。ここを起点として、城郭内を遊歩できます。

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↑ 左:お城1号橋:モダンな感じの橋です。 右:川下りの終着地「御花」の建物(立花家の別荘の庭園としてつくられた「松涛園」は国指定の名勝になっています)と幟(のぼり)が見えます。 幟には、柳川出身の琴奨菊関の文字が書かれていました。

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↑ 終点の船着き場です。船頭さん、ご苦労さんでした。

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↑ 左:沖ノ端の堀割と街並み。先方に水天宮があります。  右:水天宮付近の堀割。この堀割は沖ノ端漁港に通じています。そしてこの漁港は沖端川を下ると有明海に入り、外洋と連絡することができます。

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↑ 左:沖ノ端町で「うなぎのせいろ蒸し」ご飯を食べました。 右:「うなぎのせいろ蒸し」ご飯。

柳川と言えば「柳川鍋」が良く知られていますが、柳川鍋は又の機会にして、お昼のご飯は吸い物つきセットの「うなぎのせいろ蒸し」ご飯にしました。

「うなぎのせいろ蒸し」は関東の「うな重」とちょっと違って、タレをまぶして蒸したご飯に、香ばしく焼き上げたウナギのかば焼きをのせて、もう一度せいろで蒸して錦糸卵を散らして仕上げたものが定番ですが、沖ノ端の各店は、それぞれ自慢の腕を凝らして味覚やサービスの良さを競い合っていました。

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↑ 沖ノ端町水天宮様の社に近いところに北原白秋の生家が復元保存されていました。

これで、「柳川」秋の「川下り(堀割くだり)」32景を終わります。お疲れさまでした。

当ブログの32景は、この川下りで目についた景観を枚数の制約を考慮して私的に掲げたもので、特別な意味はありません。季節によっては印象もまた変わってくるでしょう。

この他に印象深い良い景色もありましたが、ピンボケだったり、撮りそこなってしまって、掲げられないショットもありました。柳川は時期を変えてまた訪れてみたいところの一つとなりました。

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2015/12/02

「柳川」秋の川下り32景(前篇16景)

孫の七五三のお祝いで、佐嘉神社のお宮参りをすませた翌日、孫たち一緒に家族そろって「柳川」(福岡県柳川市)に行き「川下り(お堀巡り)」を楽しみました。

「川下り」後の昼食は柳川名物「うなぎのせいろ蒸し」を民芸茶屋「六騎(ろくきぅ)で賞味しました。 

午後は沖端下船場近くの北原白秋の生家資料館・同記念館を見学し、帰路の途中では、日本赤十字社の生みの親、佐野常民記念館(佐賀市川副町)と、このたび世界遺産に登録された「三重津海軍所跡」を見学しました。

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↑ 三柱神社:柳川「川下り」の出発点の船着き場がこの神社の入口にあります。三柱神社には初代柳川藩主立花宗茂公、岳父戸次道雪公、宗茂室闡千代(ぎんちよ)姫が祀られています。

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↑ 左:三柱神社の赤い欄干橋。 右:「川下り」乗船場入り口

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↑ 「立秋詩碑」:船着き場の入口に建てられています。

「柳河のたったひとつの公園に秋がきた。古い懐月楼の三階へ きりきりと繰り上ぐる氷水の硝子杯(コップ)・・・」 北原白秋作

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↑ 左: 乗船場の「どんこ舟」 右:掘割沿いの柳並木が美しい

「ばっちょ笠」(100円でレンタルできます)を被って「どんこ舟」に乗り 出発です。

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↑ 左:「鋤崎土居」旧藩時代の外堀の土塁跡。白秋の詩碑あり。 右:「なまこ壁」の家。アオサギが迎えてくれました。


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↑ 「柳川城掘水門」:城の防御用に築造された。城内に入る唯一つの水門。

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↑ 左:汲み水場(くんずば)1 右:汲み水場2(白秋の碑あり)。

汲み水は昭和の初期頃には飲み水もここで汲んで使っていたそうです。

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↑ 左:カンビールを飲み、夢見る「かっぱ像」 右:明治時代に建てられた柳川特産の味噌・醤油の製造工場の並蔵(左側の赤レンガ倉庫)。

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↑ 山王橋と歩道橋(右):山王橋の左には柳川城跡があります。右手には市役所があります。

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↑ 左:河畔のおみやげ・飲食店 右:「うなぎ供養碑」(右端の碑)。

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↑ この山王橋あたり、「川下り」の中頃まで来ました。

画数が多くなりますので、「後編16景」は次回に回させていただきます(柳川観光案内図はクリックすると拡大できます)。

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2015/12/01

 孫の七五三のお祝い

九州の佐嘉神社へ孫娘の七五三のお参りに行ってきました。お参りの後は、市内の知り合いのレストランで、爺・婆と孫娘家族で和気会い合いの楽しい食事会をして、これまで元気に育ってきたことを感謝し、これからのみんなの健康を祈りました。

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↑  写真館に行き、着付けをしていただき、

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↑ 記念の写真を撮りました。

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↑ 佐嘉神社に行き、お祓いを受け、御祈祷をしていただきました。

  佐嘉神社は佐賀藩主(第10代、第11代)を祭神として祀った神社です。

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↑ 参拝後、記念のスナップ写真。4歳の孫は仮面ライダーのポーズで記念撮影です。

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↑ 千歳飴と風船を頂き、’おばば’と一緒で、ようやく緊張がほぐれました。

 

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