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2015/12/03

「柳川」秋の川下り32景(後篇16景)

「柳川」秋の「川下り(堀割くだり)」32景の後編です。川下りの丁度なかばほどまで進みました。

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↑ 船頭さん:長い竿を挿して堀割をつき進む船頭さん、今日は風が無くて漕ぎやすいと大喜びでした。そして、元気な声で北原白秋の童謡歌を披露してくれました。孫たちも大喜びです。   

Ta1282015a_1123_113208rimg0222tan_2← 左:田中吉政公の銅像:徳川家康の家臣で岡崎城主であった田中吉政は関ヶ原の戦いで石田三成をとらえた功により、32万石を与えられて柳河城主となり、城郭や堀割の整備をし、干拓・開田を進めて柳川発展の基礎を築いた。

 しかし、田中家は2代目忠政が病死し、世継ぎがなかったため2代で領地没収となった。

代わった立花宗茂は、当初、関ヶ原の戦いでは西軍についたため奥州棚倉1万石の城主に左遷されていたが、大阪夏の陣では徳川方についたため、その功により1629年に11万石(後に12万石余に加増される)を与えられて柳河城主となった。

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↑ 中:弥兵衛門橋 慶長10年建造の橋で城郭の中では最も古い建造物と言われています。 

右:蜘蛛手棚:魚類を捕獲する漁具。水中に蜘蛛の網のようにネットを張り、そのネットの上に魚などが入り込んだら櫓の上からすくい上げて獲物を捕獲する柳川の伝統的漁法の一つ。

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↑ 左:海老名弾正先生碑:柳川出身で、同志社第8代総長になられたかたの碑です。 右:十時氏邸:柳川に残されている数少ない武家屋敷の一つです。近くには、北原白秋の「まちぼうけ」の碑もあります。

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↑ 左:壇一雄文学顕彰碑:柳川市沖端出身で昭和26年に直木賞を受賞しました。 右:安藤橋をくぐる「どんこ舟」:安藤橋は「白秋道路」の起結点になっています。ここを起点として、城郭内を遊歩できます。

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↑ 左:お城1号橋:モダンな感じの橋です。 右:川下りの終着地「御花」の建物(立花家の別荘の庭園としてつくられた「松涛園」は国指定の名勝になっています)と幟(のぼり)が見えます。 幟には、柳川出身の琴奨菊関の文字が書かれていました。

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↑ 終点の船着き場です。船頭さん、ご苦労さんでした。

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↑ 左:沖ノ端の堀割と街並み。先方に水天宮があります。  右:水天宮付近の堀割。この堀割は沖ノ端漁港に通じています。そしてこの漁港は沖端川を下ると有明海に入り、外洋と連絡することができます。

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↑ 左:沖ノ端町で「うなぎのせいろ蒸し」ご飯を食べました。 右:「うなぎのせいろ蒸し」ご飯。

柳川と言えば「柳川鍋」が良く知られていますが、柳川鍋は又の機会にして、お昼のご飯は吸い物つきセットの「うなぎのせいろ蒸し」ご飯にしました。

「うなぎのせいろ蒸し」は関東の「うな重」とちょっと違って、タレをまぶして蒸したご飯に、香ばしく焼き上げたウナギのかば焼きをのせて、もう一度せいろで蒸して錦糸卵を散らして仕上げたものが定番ですが、沖ノ端の各店は、それぞれ自慢の腕を凝らして味覚やサービスの良さを競い合っていました。

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↑ 沖ノ端町水天宮様の社に近いところに北原白秋の生家が復元保存されていました。

これで、「柳川」秋の「川下り(堀割くだり)」32景を終わります。お疲れさまでした。

当ブログの32景は、この川下りで目についた景観を枚数の制約を考慮して私的に掲げたもので、特別な意味はありません。季節によっては印象もまた変わってくるでしょう。

この他に印象深い良い景色もありましたが、ピンボケだったり、撮りそこなってしまって、掲げられないショットもありました。柳川は時期を変えてまた訪れてみたいところの一つとなりました。

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コメント

こんばんは!
柳川を楽しまれたようですね。
良い所でしょう?
福岡県では、立花宗茂公は英雄なんですよ。
主家である大友家を護る戦い、朝鮮の役、連戦連勝の知将です。
だから、九州では、信長、秀吉、家康よりも有名(な、はず)です。
田中吉政は、立花宗茂公が関ヶ原で改役された後に柳川へ入り、運河を整備した功績がありますが、所詮、盟友であった石田三成を裏切った男であり、強者には決してなびかず、恩を受けた秀吉への義を通した立花宗茂公の名声には遠く及びません。
公は関ヶ原の後、家康に改役され、柳川を取り上げられて、浪人となりました。
しかし、その後、公の男気に惚れた本田正信に推挙されて徳川秀忠のお伽衆に推挙され、秀忠も公を認めて、奥州棚倉、そうして柳川に返り咲いたのです。
大阪の陣で徳川方に付いたのは、浪人の身から再び大名に返り咲かせてくれた秀忠の恩に筋を通したため。
柳川は立花家代々の土地、九州人の男気を象徴する様な土地だと思っています。

投稿: FUJIKAZE | 2015/12/03 22:49

FUJIKAZE さん、今日は!
コメント有難うございます。柳川あるいはそのお近くのご出身の方のようにお見受けいたしますが、柳川は落ち着いてよいところですね。
柳川城お堀めぐり、その昔を想いめぐらしながら堪能いたしました。立花家の歴史解説、有難うございました。大変勉強になりました。
もう一度、季節を替えてまた訪ねてみたいと思っています。

投稿: ぴょんぴょん | 2015/12/05 09:21

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