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2019年5月の記事

2019/05/29

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(8): 松前公園のさくら 

日本の花、桜の花はどこで見ても、いつ見ても美しく、こころ和めます。 関東で4月に楽しんだ桜の花を、ここ北海道の松前で、また出会い、今年は2度、桜の花を楽しむことができました。

「さくらの里」松前公園の桜は、この土地の花を愛でる人たちや「花守」によって藩政の時代から大切に育てられてきたそうです。その結果、現在、早咲きから遅咲きまで、およそ250種、1万本ほどに桜が松前城を中心とした公園に毎年みごとな花を咲かせてます。花は、4月下旬から5月上旬まで次々と咲いて、1ヵ月もの長い間、この桜の里を訪れる人たちを楽しませてくれます。

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↑ 松前城の城内も場外も桜の花が綺麗に咲いていました。
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↑ 松前城周辺には250種の桜が植えられているそうです。
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↑ 桜のトンネル
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↑ 花笠 松前で作出された桜です。
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↑ 松前花笠  説明書
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↑ 「花笠」と言う名は、花が笠を垂れたような形状となるところから名付けられたそうです。
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↑ 紅豊
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↑ 紅豊 この桜も松前生まれの桜だそうです。
↑ 白花の桜も満開でした。
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↑ 雨宿という桜でしょうか?
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↑ 見ごたえがありました。
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↑ 新桜見本園 110種ほど育成されているそうです。十分鑑賞する時間がなく、遠くから眺めただけで通過しました。
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↑ 一重の桜ですが、花弁はかなり大きい。
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↑ こちらも白花の一重です。
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↑ 松前藩屋敷 日本庭園の桜です。
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↑ 「糸くぐり」という名札が掛かっていました。
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↑ 中咲き(開花時期5月上旬~中旬)で
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↑ ちょうど見頃でした。
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↑ たった一回の見学ではすべての桜を見ることはできません。時期を変えて、何回も来たくなりましたが、遠いのでいつ来られるのか判りません。

 

 

 

 

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2019/05/28

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(7): 松前城八景

 

北海道渡島半島周遊のバスツアーで、松前城(正式名は福山城)を見学しました。城内は資料館になっていて、3階まで登れます。入館料 大人360円、子供240円。

松前城は幕末の風雲期に北方防備を主目的として築城され安政元年(1854年)に完成した城で、日本で最後につくられた日本式の城として知られています。創建当時の建物は昭和24年に火事で本丸御門を残し、全部消失したが、昭和35年に天守、以後搦手二の門、天神坂門などが復元され、往時の姿がよみがえりつつあります。

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↑ 松前城入口
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↑ 第一景 桜と天守
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↑ 第二景 松と天守
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↑ 第三景 松前公園から眺めた天守
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↑ 第四景 御番所跡から眺めた天守
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↑ 第五景 松前神社鳥居と天守
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↑ 第六景 枝垂れ松に天守
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↑ 第七景  本丸御門と天守
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↑ 第八景 天守(三重櫓)
1949年(昭和24年)に火事によって焼失したが1960年(昭和35年)にコンクリート造りで外観復元された。
注:私が個人的に選んだ「松前城八景」です。ほかにも良いビューポイントがあるかと思います。
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↑ 本丸御門(国指定重要文化財)
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↑ 搦手二の門
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↑ 馬坂橋
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↑ 国指定史跡 福山城(松前城)小史
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↑ 福山城(松前城)城郭図(公園の掲示板より)
松前城は、城内に7基の砲台、城外にも9砲台25門の大砲を配備し、
海側からの攻撃に対しては念入りな防御態勢をとったが、背後の陸地からの攻撃に対しては、築城の常識ともなっている「堀切」も造らず、備えをおろそかにした。この結果、元新選組副長の率いる700人ほどの軍勢の攻撃を受けて、僅か数時間で裏口を突破され落城してしまった。

 

 

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2019/05/27

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(6): 松前藩屋敷(2)

松前藩屋敷内には、藩政当時の町の人々の生活や活動が覗えるような建物がモデルのお人形さんつきで展示されていました。

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↑ 松前の中流漁家の様子が人形入りで展示されていました。
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↑ 当時の松前の漁家は、漁具を管理するのに都合が良いように、土間を通し庭にしているのが一般的でした。
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↑ 収入は1漁期およそ30両程度。当時の江戸庶民の年間生活費10両の約3倍の収入があったという。
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↑ 廻船問屋 
松前藩では問屋、小宿、附船の三つの問屋制度があった。そのうちの問屋(廻船問屋)は株式制で年により変動するが10~15軒ほどあり、規模の大きい廻船や荷捌きを扱い莫大な財をなした。
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↑ 廻船問屋の倉
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↑ 屋号が敦賀屋なので、敦賀出身の廻船問屋でしょうか。
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↑ 店の帳場(丁場)
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↑ 廻船の模型
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↑ 自身番小屋
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↑ 本来の自身番小屋は目明しの勤務場所であったが、松前の自身番小屋は火の見番小屋であった。
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↑ 木造家屋の町では、治安警察よりは火事が大敵でした。
以上で松前藩屋敷は終わります。長々と、お疲れ様でした。

 

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2019/05/26

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(5): 松前藩屋敷(1)

2019年5月8日 北海道の旅の続きです。ようやく松前町に着きました。松前町は現在は、札幌市や函館市に比べてはるかに人口の少ない町となっていますが、江戸時代は、本州と北海道を結ぶ北前船交易の結節地、経済・文化の中心地として繁栄していました。

その松前城を有する城下町の街並みを模擬的に再現したテーマパーク「松前藩屋敷」を訪れ、往時の繁栄を偲びました。藩屋敷の隣にはカントリーパーク「日本庭園」があり、ソメイヨシノはもう散ってしまいましたが、北斗市のトラピスト修道院の桜と同様に、遅咲きの八重桜が満開で綺麗に咲いていました。

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↑ 「松前藩屋敷」入口。
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↑ 藩の歴史が簡潔に説明されていました。
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↑ 松前藩沖之口奉行所
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↑ 奉行所の内部の模型。なかなか良くできています。
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↑ 月島「奴振り」に使う用具が展示されていました。
月島奴振りは松前家の奥方の登城・道中奴(行列奴振り)で、行列人数は24名だそうです。
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↑ 商家 近江や北陸地方の出身者が多く、
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↑ 中には商いに成功して巨額の富を築いた家もあった。
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↑ 近江出身の「近江屋」
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↑ 民家
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↑ 正面の奥が民家。長屋風です。
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↑ 民家の奥に井戸があり、町では共同で使っていました。
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↑ 旅籠:現在の旅館ないしはホテルですね。
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↑ 旅籠「越後屋」の看板。
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↑ 越後屋の表の上がり間。フロントです。
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↑ 髪結: 理髪・美容院です。
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↑ 人が出入りしてよもやま話山の話をしたりするので情報交換の場ともなったという。
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↑ ちょっぴりお洒落をして、庶民の憩いの場と
なったようです。以下続く。
 

 

 

 

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2019/05/19

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(4):更木(さらき)岬から白神(しらかみ)岬まで

北斗市のトラピスト修道院を参観したあと、函館山に見送られながら国道228号線を西進し、北海道唯一の城下町松前町へと向かいました。トラピスト修道院から松前町までの距離は約69km。今回の観光の主要目的は松前・江差の観光なのでバスは先を急ぎます。更木岬~白神岬間も見どころが沢山ありましたが、その間2回ほどトイレ休憩をとっただけで、この間は、ガイドさんの案内付きですが、ひたすら走りつづける車窓観光となりました。

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↑ 函館山に見送られて228号線を一路西へと進みます。函館湾の波は静かでした。
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↑ サラキ岬でトイレ休憩。遠くに見える船は復元された「咸臨丸」。 ここは幕府海軍が保有していた軍艦「咸臨丸」の終焉の地です。
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↑ 木古内町「みそぎ浜」 佐女川神社の神事・海水の「みそぎ」をする浜で、通例は1月15日に行われる。
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↑ 木古内駅
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↑ 木古内「道の駅」みそぎの里きこない
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↑ 木古内の坊「孝行餅」ゆべしに似たお餅で美味しかった。
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↑ 青函トンネルの入り口。青函トンネル記念館は寄りませんでした。
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↑ 横綱千代乃山・千代の富士の郷里福島町を通過。ガイドさんの説明あり。北島三郎さんの生まれ育った家も、先を急いでガイドさんの説明だけで車窓観光。
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↑ やがて、洗濯板状に並んだごつごつした岩の海岸に出ました。
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↑ 函館湾内の波静かな海が一変して、日本海から押し寄せる荒々しい波となりました。
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↑ 北海道最南端の岬(北緯41度23分、東経140度11分)「白神岬」に到達。
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↑ そして松前町に入りました。 以下、次回へ。

 

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2019/05/14

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(3):函館駅~湾岸~トラピスト修道院

5月8日 北海道第2日目は、函館バスが運行する観光バスツアー「江差・松前 名所周遊号」を利用して、江差・松前地域の名所・名勝地をめぐる日帰り観光をしてきました。

バスの始発地点は湯川温泉ですが、私たちは函館駅前で乗車し、トラピスト修道院、松前城・藩屋敷、松前町(昼食)、上ノ国町(道の駅もんじゅ)、江差町(追分会館ほか)のルートをとり、中山峠をこえて新函館北斗駅前で一時停車をした後、函館駅前に18時30分頃着きました。今回はその第1回、函館駅前から、北斗市三石のトラピスト修道院までの道中の風景を紹介します。

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↑ 私たちは函館駅前4番乗り場で8時20分発の函館バス「江差・松前 名所周遊号」に乗り出発しました。ここでは私たちを含めて20名近くが乗り込み、ほゞ満席となりました。
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↑ バスは、湾岸沿いに西進。「青函連絡船記念館 摩周丸」が見られました。
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↑ 旧函館第2岸壁に係留・保存され、博物館として公開されています。
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↑ ラッキーなことに、丁度「日本一周クルーズ10日間の旅」をしている大型豪華観光船「MSCスプレンディダ号」が港町埠頭に入港しているところに出会いました。初寄港だそうです。
MSCスプレンディダ号: 総トン数:137,936トン  全長:333m  乗客定員:3,247名  客室数:1,751室
「ジャパネットホールディングス(佐世保市)のチャーター船で5月6日に横浜港を出港。函館出港後は、金沢、釜山(韓国)に寄港したあと、横浜に帰る予定だそうです。
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↑ トラピスト修道院入口に着きました。美しい並木です。
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↑ 緩やかな坂道を登って行くとやかて、門のある第1の建物に着きます。
ここでちょっと休憩。売店には、この修道院の敷地内で生産された北海道を代表するお土産として知られているトラピストクッキーやトラピストガレットなどが並んでいました。
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↑ 天気も晴れ上がり汗をかいて喉が渇いたので細君が買ってくれたソフトクリームでのどを潤しました。周辺に咲いたお花を観賞しながら食べました。
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↑ 桜はソメイヨシノはもう散ってしまいましたが、八重桜がちょうど満開で綺麗に咲いており、ソフトクリームも大変おいしかったです。
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↑ さらに上に登ると静かなただずまいの本館に到着しました。
トラピスト修道院:正式名称は「厳律シトー会灯台の聖母大修道院」というそうです。
日本最初のカトリック男子修道院で1896(明治29)年創設の古い歴史を有しています。

 

 

 

 

 

 

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2019/05/13

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(2):函館山展望台からの夜景

5月7日 函館空港に16時到着後、市内HIホテルにチェックインしたあと五稜郭を見学し、再び市街地の戻り、十字街の老舗のレストラン五島軒本店(雪河亭)で当店自慢のカレーライスの夕食をとりました。

夕食後、付近を散策して日の暮れるのを待ち、バスに乗って標高334mの函館山頂上に行き、市街地の夜景を展望して初夏の宵の一刻を楽しみました。頂上の展望台は、修学旅行の高校生らしき学生たちや、お子さんを連れた若い家族連れの人たちがすでに大勢来ていて、押すな押すなの大混雑で、ビックリでした。

函館市内の夜景を堪能した後、帰りはロープウエイで夜の空中散歩を楽しみながら下山しました。ロープウェイも長い列が並び大繁盛でした。

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↑ 函館の夜景1 左(函館湾側)
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↑ 函館の夜景2 中央(湾岸市街地)
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↑ 函館の夜景3 市街地中心部全景
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↑ 函館の夜景4 右(津軽海峡側)
画像の下真ん中にロープウエイが写っています。

 

 

 

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2019/05/12

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(1):函館編

5月7日から10日まで、「函館フリープラン4日間」の’’気まま’な旅をしてきました。利用した交通機関は、羽田空港から函館空港までは、予約しておいたAirDOとANAの航空機、道内はJRの鉄道と予約観光バスです。

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↑ 第1日 5月7日 AirDOで羽田空港を出発。
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↑ 1時間30分のフライトで函館空港着。 函館山が目の前に見えます。
市内のホテルに入りチェックインして小休憩したあと、五稜郭の見学に行きました。
場内の桜・ソメイヨシノが大方散っており、遅咲きの桜が咲いていました。
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↑ 早速五稜郭の展望塔にエレベーターでのぼって市内を眺望。遠方に見える山は函館山です。
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↑ 五稜郭のほゞ全体が見下ろせました。現在は創建時の建物は無く公園となっています。
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↑ 展望台には創建時の建物の配置を示した模型が展示されていました。
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↑ 展望台のフロアーには、五稜郭の歴史が模型入りで簡潔に説明されていました。
安政元年(1854年)の日米和親条約によって、箱館開港が決まりました。
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↑ 箱館湾内からの艦砲射撃の射程外に位置する鍛冶村(現在地)に、城郭(五稜郭)を築いて、そこに奉行所を移転することが決まりました。
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↑ そしてその城郭の設計と建設が箱館奉行所で機械製造・弾薬製造の御用取扱を務めていた蘭学者武田斐三郎に任されました。
武田は、その城郭の建設にあたり、従来の日本式のお城ではなく、日本で最初の西洋式城郭を設計し建設した。
1868年4月、大政奉還によって五稜郭は新政府に引き渡され、新政府により「箱館府」が新たに五稜郭に設置された。
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↑ 1868年10月21日 榎本武揚が率いる旧幕府軍が鷲の木(現在の森町)に上陸し、反撃を開始した。
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↑ 10月25日 榎本の率いる旧幕府軍は、新政府軍を打ち破り、函館府知事・清水谷公考は青森へ逃走した。
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↑ 1869年5月 新政府軍の反撃が始まり、函館港内の海からは「甲鉄」が艦砲射撃をして五稜郭を砲撃し、旧幕府軍に甚大なる被害をあたえた。
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↑ この結果、衆議して榎本軍は降伏し、5月18日に五稜郭を新政府軍に引き渡した。
↑ 明治政府になってから、五稜郭は兵部省、後に陸軍省の所管となったが、函館区長の請願により、1913年(大正3年)に使用許可時点の状態を変更することは認めない、土地建物等の保存責任と費用負担などの条件付きで、「五稜郭公園」として一般開放されることが許された。

 

 

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2019/05/06

菜園の近況(2): サツマイモの植え付けが終りました(2019/05/04)

5月4日は、少し曇り空でしたが、前々日に21mmほどの降雨があったので畑の土はほど良い土壌分となりました。善は急げです、午前中のスイカ・ウリの植えつけに続いて午後はサツマイモ(ベニアズマとベニハルカ)の植え付けをして無事完了しました。

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↑ 5月3日 サツマイモの植えつけ用の「畝づくり」をしました。
あらかじめ耕しておいた畑の畝(畝幅70cm、畝長8m)の中央部に幅20cm、深さ30cmほどの溝を掘り、そこに元肥を施しました。
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↑ 肥料は、発酵熟牛糞、発酵鶏糞、イモ豆肥料(いづれも少なめ)、枯れ葉、ヨウリン少々。
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↑ 2畝作りました。
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↑ 土を埋め戻して高畝(高さ25cm、畝幅40cm)にしました。
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↑ つくった高畝に幅95cmの黒マルチ(穴無し)を被せます。
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↑ マルチの裾は風で飛ばされないように、溝を掘り、土中に埋め込みます。
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↑ 5月4日 苗(ベニアズマ10本、ベニハルカ30本)を、地元のAHCで購入しました。
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↑ 左畝:ベニアズマ10本、ベニハルカ5本 右畝:ベニハルカ15本を植え付けました。
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↑ 株間は畝の長さに余裕があったので、45cmをとって土に差し込みました(斜め植え栽培)。
斜め植え栽培については当ブログ(2015年5月23日掲載)の「サツマイモ:黒マルチ・斜め植え栽培」の記事で説明していますので割愛しました。ご関心のある方は、こちら→「サツマイモ:黒マルチ・斜め植え栽培」をチェックしてみてください。

 

 

 

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2019/05/05

菜園の近況(1):スイカ、ウリの苗を植えつけました(2019.05.04)

5月2日は立春の日から数えて丁度「八十八日目」に当たる日です。今年も、自前のスイカやウリを食べたいと思い、菜園「丘の畑」に出かけて、スイカとウリの畝づくりをしました。

もう、霜の降る恐れも無くなり、寒さに弱い夏物の野菜も安心して栽培できるような気候になりました。「夏も近づく八十八夜~」と唄った子供の頃が懐かしく思い出されます。 

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↑ 5月2日 夏野菜スイカとウリの栽培のための畝づくりをしました。
元肥(鶏糞堆肥、化成肥料、ヨウリン)を全面に施し、土によくすき込み110cm幅の畝をつくりました。
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↑ 幅135cmの透明マルチを使って、マルチの四周は土に埋めて110cm幅の畝をつくりました。
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↑ 5月4日(午前)苗購入: スイカの苗はおなじみのYHCから購入しました。
青ポット:タヒチ 黒ポット:黒娘 赤ポット:紅小玉
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↑ ウリの苗も同じHCで購入。
黄ポット:青ハグラ 黒ポット:桂うり
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↑ 5月4日(午後) 植え付け: 苗の植穴は「鞍つきじ」で、株間は150cmとりました。
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↑ スイカ:黒娘
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↑ スイカ:紅小玉
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↑ スイカ:タヒチ
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↑ ウリ:青ハグラ
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↑ ウリ:桂うり
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↑ 植え終わったあと、防風・乾燥予防・保温のためのトンネルネットを張りました。

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2019/05/02

峠の夏鳥(2):コマドリ(2019/04/28)

4月28日 塩山駅南口8時30分発落合行きのバスに乗り、10時30分柳沢峠で下車。そこから徒歩で目的の場所へ向かいましたが、林道に入ってすぐの沢の水場にはすでに20名近くのCMさんがカメラを並べていたので、次の第2の沢のポイントに行きました。第2のポイントは更に多く30名余のCMさんがカメラを構えていたので、更に進んで第3のポイントに行きました。

第3のポイントは、昨年もコマドリがよく姿を見せてくれたので、このCMさんグループの仲間に入れてもらいました。今年はコマドリの鳴き声があちこちで聞こえ、このポイントも到着して間もなく、待望のコマドリが姿を見せてくれました。

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↑ 峠のコマドリ 1 (2019/04/28 11:43)
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↑ 今年のコマドリは大変愛想が良くて、何度もステージに出てくれました(2019/04/28 11:55)

 

 

 

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