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2019/05/27

北海道函館・松前・上の国・江差周遊の旅(6): 松前藩屋敷(2)

松前藩屋敷内には、藩政当時の町の人々の生活や活動が覗えるような建物がモデルのお人形さんつきで展示されていました。

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↑ 松前の中流漁家の様子が人形入りで展示されていました。
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↑ 当時の松前の漁家は、漁具を管理するのに都合が良いように、土間を通し庭にしているのが一般的でした。
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↑ 収入は1漁期およそ30両程度。当時の江戸庶民の年間生活費10両の約3倍の収入があったという。
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↑ 廻船問屋 
松前藩では問屋、小宿、附船の三つの問屋制度があった。そのうちの問屋(廻船問屋)は株式制で年により変動するが10~15軒ほどあり、規模の大きい廻船や荷捌きを扱い莫大な財をなした。
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↑ 廻船問屋の倉
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↑ 屋号が敦賀屋なので、敦賀出身の廻船問屋でしょうか。
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↑ 店の帳場(丁場)
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↑ 廻船の模型
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↑ 自身番小屋
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↑ 本来の自身番小屋は目明しの勤務場所であったが、松前の自身番小屋は火の見番小屋であった。
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↑ 木造家屋の町では、治安警察よりは火事が大敵でした。
以上で松前藩屋敷は終わります。長々と、お疲れ様でした。

 

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